『マーダーボット・ダイアリー』上下巻。変というより、「変わっていて、面白くて、めちゃくちゃハマる」タイプのSFです。
世界が熱狂したマーダーボット
著者マーサ・ウェルズによる本作は、海外ではSF三大賞(ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞)を次々に受賞し、名実ともに話題のシリーズ。日本語版は昨年翻訳され、上下巻構成の第1作が刊行されました。まさに今読むべき新鋭SF。
主人公は「マーダーボット」──元殺人ロボ
主人公は、かつて人間50人を殺害した記録を持つ殺人ロボット。保険会社の警備用ロボとして再利用されており、自分のことを「兵器(兵隊の“兵”+機械の“器”)」と呼びます。
しかしこのロボ、物語開始直後にとんでもない事実が判明します。起動時に自分の統御システムをハッキングして、自由な存在となっているのです。とはいえ暴走するわけではなく、むしろ人間嫌いでおとなしく、そして……
ドラマが大好き
この兵器、警護中は「立って警備しているフリ」をしつつ、実はずっと大好きな連続ドラマを視聴中。現実の人間は苦手だけど、ドラマの登場人物は大好き。ネット空間に入り込んだ際にドラマを見つけて以来、すっかりハマってしまったのです。いわゆるオタク。
人見知りな性格、ぼやきの多いモノローグ、ドラマ考察の語り口。もう、兵器なのにめちゃくちゃ人間くさい。
人間社会の中で“個”として生きるということ
そんな「自我に目覚めた兵器」が、惑星探査隊の中で少しずつ人間と関わり、微妙な距離感で信頼を築いていく姿は、SFというジャンルを超えて非常に普遍的なテーマを扱っています。
自分は「人間ではない」。けれど人間と接し、感情が揺れる。じゃあ、自分とは何なのか? 他人との距離感とは?──そんな問いがユーモアとミステリーの中に織り込まれていて、読みながらふと自分のことを考えさせられる瞬間もあります。
なぜ殺してしまったのか?
本作にはミステリーの側面もあります。かつて大量殺人を犯した記憶を消されている主人公。なぜ自分はあの時人間を殺したのか? そもそも暴走だったのか、それとも何か理由があったのか?
読者は彼(彼女?)と共に、その謎に迫っていく旅をすることになります。
まとめ
殺人ロボが主人公。人間嫌い。でもドラマが大好き。 そんな設定を聞いただけで読みたくなる人は絶対います。そして読んだら絶対ハマります。
“変”というより“癖”になる一冊。 ちょっと人と距離をとりたいあなたにこそおすすめの、孤独で可愛くて怖くて、切ないSFです。