今回紹介するのは、非常に変わった形式で読者を驚かせたミステリー、『マイアミ沖殺人事件』です。
本作は、単なる読み物ではなく、読者が推理を体験するために作られた仕掛け満載の本です。
変わった構成──本そのものが捜査資料
『マイアミ沖殺人事件』は、普通の小説とはまったく異なります。
本を開くと、まず最初に出てくるのは、船から送られた電報。
「乗客が死亡した。これから港に戻る」という一報から物語が始まります。
続いて、警部から刑事へのメモ。
「ヨット上で起きた死亡事件を担当せよ」と指示があり、ここから刑事の調査報告がスタートします。
そして驚くべきことに、物語の中で登場する証拠品──
- 供述書
- 写真
- 現場の血痕が付いたカーテンの切れ端
- 被害者の部屋に残されていた謎のメモ
- 被害者の口に残された金髪と黒髪のサンプル
- 事件関係者の手紙(日本人・林伊之助の日本語手紙+翻訳)
これらが実際に本に綴じ込まれた状態で収められています。
読者は、刑事と一緒に証拠を読み、現場写真を確認し、真相を推理していくことになります。
仕掛け──推理してから袋綴じを開けろ!
調査を進めても、刑事自身は最終的に「謎は解けなかった」と報告します。
ここで、読者にバトンタッチ。
「犯人は誰か?動機は何か?」
読者自身が推理をして、袋綴じになっている最終ページを開ける仕掛けになっています。
推理せずに袋綴じを開けることもできますが、当然ながら「自分で答えを導き出してから」開けるのが正しい楽しみ方。
袋綴じを開けると、真相と犯人が明かされます。
日本人キャラクターも登場
本作は1936年発表。まだ戦前のアメリカを舞台にしており、そこには日本人キャラクターも登場します。
彼は謎めいた存在で、政府との関係を匂わせるなど、ストーリーに独特の緊張感をもたらしています。
日本人キャラクターからの手紙は日本語で書かれており、きちんと翻訳も添えられています。こうした細かな演出もリアリティを高めています。
世界初の「袋綴じ」本
『マイアミ沖殺人事件』は、世界で初めて袋綴じという仕掛けを導入した書籍とされています。
現代では袋綴じといえば別のイメージもありますが、もともとはこうした読者参加型の推理小説のために考案された技法でした。
この斬新なアイデアが当時大きな話題を呼び、多くの模倣作品も登場することになります。
シリーズと復刻版について
『マイアミ沖殺人事件』はシリーズ第1作目。
1936年にイギリスで出版され、半年で12万部を売り上げる大ヒットとなりました。
その後、同様の仕掛けをもつシリーズが4作制作されています。
1980年代には復刻版も出版され、日本でも翻訳されました。
なお、復刻版には大型本と文庫版があり、文庫版には本物の証拠品(カーテン片や髪の毛サンプル)は付属していないため、購入時には注意が必要です。
中古市場では、大型本なら比較的入手しやすいですが、第2巻以降は高騰しているものもあり、数万円を超える場合もあります。
最後に──読後の楽しみ
推理はかなりフェアに作られており、すべての証拠が出そろった上で犯人にたどり着けるようになっています。
ただし、現場写真の細かな観察や、証言の矛盾を見抜く注意力も問われます。
実際に読んで推理してみた感想は、「当たらなかったけれど、答えを知ると納得できる」という絶妙なバランス。
犯人像にはしっかりとひねりがあり、楽しめる一作です
まとめ
『マイアミ沖殺人事件』は、
- 読者が推理に参加できる
- 実物の証拠品をめくりながら読む
- 世界初の袋綴じ本という歴史的意義
など、今読んでも色あせない驚きと楽しさに満ちた一冊です。
単なる仕掛け本ではなく、ミステリーとしての完成度も非常に高いため、推理好きにはぜひ一度体験してほしい名作です。