ホラー×ミステリーの進化系「穢れた聖地巡礼について」

傑作ホラー『近畿地方のある場所について』で一躍名を広めた作家・背筋さんの新作がついに登場しました。しかも、今回は2作同時リリース。
タイトルは──

  • 『穢れた聖地巡礼について』
  • 『口に関するアンケート』

本記事では、まず『穢れた聖地巡礼について』を中心に、その構成と魅力、そして背筋作品ならではの“怖さの構造”について掘り下げていきます。


「穢れた聖地巡礼について」は“断片”と“構造”で魅せる異色作

この作品は、ある意味で『近畿地方のある場所について』とは大きく異なる方向性を持っています。
より「構成」に凝っていて、語り口としても独特。そして、断片的に挟まれる掌編が、じわじわと“本筋”に絡んでくる、極めて仕掛け的な小説です。


あらすじ:心霊YouTuberと編集者たちの取材行

物語の中心となるのは3人の登場人物。

  • 心霊スポット系YouTuberの池田
  • 彼のファンブック制作を担当するフリー編集者の小林
  • 怪談ライターの北条

この3人が「池田の心霊スポット探索動画を本にしよう」と集まり、かつて撮影された3つのスポットを検証していきます。


取り上げられる“聖地”3選

以下の3つが物語の軸となる心霊スポットです:

  1. 変態小屋
     山奥に建つ謎の小屋。中に入ると、びっしりと貼られた無数の人物写真。誰が撮ったのか、何の目的なのかは一切不明。
  2. 天国病院
     閉鎖された廃病院。病棟が2つあり、そのうち1つは完全に立入禁止。そこへ池田が突撃し、怪異を記録する。
  3. 輪廻ラブホ
     廃墟化したラブホテル。館内には奇妙な絵と文字が残されており、それが語る“何か”を探る。

今回の新機軸:「怪異」を“ネタバレ”していく編集者

ここで特徴的なのが、小林という編集者のスタンスです。
彼は“完全な懐疑派”。心霊や怪異を一切信じておらず、むしろ科学的にすべてを説明していこうとするのです。
池田も同様に「怖がりながらも内心は信じていない」タイプなので、2人ともややドライな立場。
読者としては、「えっ、怖くなくなるの?」と思うかもしれませんが、これが伏線になっているんです。


この作品が怖い理由は“説明された後”にある

実は、この作品の構成はかなり実験的です。
最初は怪異を否定していく展開が続くことで、まるで「検証本」のような雰囲気になります。

が、そこに“断片的な短編(掌編)”が挟まってくる。

  • 誰かの語りとして現れる奇妙な話
  • 不穏な手記
  • 感覚のズレる独白

これらは3人とは直接関係ないかのように見えます。
しかし、読み進めるうちに「もしかして…?」という疑念がわいてくる。


「直進しない怖さ」の構造

『近畿地方〜』が「怪異の積み重ねでゴールに向かう」作品だとすれば、
『穢れた聖地巡礼〜』は、「周囲をぐるぐると回りながら、最終的に核心に至る」タイプ。

これは、ミステリーホラーの手法とも言えるでしょう。

怪異は“断片”にこそ宿る:印象的な掌編たち

本作の魅力は、3人のメインパートとは別に挟まれる“断片的な掌編”の完成度の高さにもあります。

たとえば、こんな話──

「心霊写真お祓いイベント」

あるお寺で行われたという、お祓いイベント。
持ち寄られた心霊写真を大画面で映し出し、住職がそれに祈祷を施していくという形式です。

最初はみな、キャッキャと反応しながらも冷静でした。
しかし、ある1枚だけ――会場の全員が“ぞわっ”とした感覚に包まれる写真があったのです。

「自分だけが見えている」のではなく、「みんなが同時に感じている」という恐怖。
この“共有される怪異”の描写が、ものすごくリアルで不気味。
読者にも実感を伴って冷気が走るような恐怖体験です。


「視点が壊れていく語り手」

もうひとつ、とても印象的だったのが、ある女性のモノローグによる掌編。
内容は、彼女が交際していた男性との関係を語るところから始まります。

最初は一人称で淡々と綴られているのですが、徐々に、語りの“視点”がおかしくなっていく

  • 人称が変わる
  • 時系列がねじれる
  • 主観と客観が混ざり合う

最終的に、「これは本当に彼女が語っていたのか?」という疑念すら浮かぶほど。

そしてこの話、実は物語全体の「読み解きの鍵」になっているんです。
構成上も巧みに配置されており、“ただの短編”に見えて物語全体の意味を覆す可能性を秘めている


ホラー×構成の融合:今のホラーが向かっている場所

ここで注目したいのは、「構成」による怖さの演出です。

従来のホラーは「文章力」「描写力」で勝負していましたが、
昨今の作品(特に背筋さんのような作家)は、そこに**“構成力”や“ミステリー的視点”**を持ち込んでいます。

  • SFは設定
  • ミステリーは構成
  • ホラーは文章

……という定型が昔からありますが、最近のホラーは**「構成も文章も両方やる」**。
そして背筋さんは、まさにその先端にいる存在だと感じます。


● さらに:カクヨムに“おまけ”もある

ちなみに、『穢れた聖地巡礼について』にはカクヨム限定のおまけエピソードも存在します。

これがまた一味違うテイストで、背筋さんが「キャラクターの面白さ」にも関心を持ち始めている様子が見てとれます。
今後の作風の変化も期待したくなりますね。

まとめ:「穢れた聖地巡礼について」はこう読みたい

  • 単なる怖い話ではありません。
  • 一見、冷静で科学的に見える会話の中に「違和感」が忍び込んでくる。
  • 断片の短編が“本筋”と絡み合い、読者にじわじわと謎を解かせていく。
  • 最後に“あの話”が意味を持ち始めるとき、震えるほどの鳥肌が立つ。

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