『3秒』──“反射”でつづる、世界と時間のミステリー

今回ご紹介するのは、前回紹介したマルク=アントワーヌ・マチューの傑作。
その名も 『3秒(3 Secondes)』

タイトルもシンプルながら、内容はまさに“変な本”の極致。


漫画なのに「ズーム」しかしない⁉

『3秒』は、最初のページからいきなり真っ暗な画面から始まります。
徐々に絵が明るくなり、登場するのはある一人の男。
男は携帯電話を見ています──そしてそのレンズに、彼自身が反射している。

そこからがこの本の本領発揮。
反射、反射、また反射。
ズームしていった先には、鏡、カップ、電球…
あらゆる「反射物」に映る像を介して、読者は世界の構造を“目撃”していくのです。


物語は「3秒間」に起きている

タイトルの『3秒』が意味するのは、まさにこの漫画の描いている時間軸

1ページ9コマ構成の中で、全体を通して描かれるのはたったの3秒
中盤を境に“3秒後”の世界に突入し、それにより時間の経過によって明らかになる新たな真実が徐々に読者の前に現れてきます。


これは“読む”のではない。“観る”のだ。

ストーリーには台詞もナレーションも一切ありません。
読者が手がかりにできるのは、映り込んだ新聞記事の一文や、
反射の中に偶然見つかる登場人物たちの動きだけ。

読み解きながら気づいていくのです。
「あの男は狙われていたのか?」
「この反射の奥にあった“何か”は、伏線だったのか?」
そう、これは反射の中に隠された事件の真相を追うミステリーでもあるのです。


世界の“ズームアウト”と“ズームイン”

視点は人の目からスマホ、レンズ、鏡、そして宇宙へ──
と思えば、再び地上のスタジアムやカフェへと戻ってきます。

その中にはサッカーの八百長疑惑を報じる新聞の一面、
群衆の動き、銃口の影……
わずかな手がかりを頼りに、読者はまるで探偵のようにページをめくることになるのです。


なぜここまでして“反射”にこだわるのか

『3秒』は、マチューの中でも特に挑戦的な一冊。
ただの技術的な遊びではなく、「世界とは何か」「現実とは何を通して認識されるか」という深いテーマに踏み込んでいます。

現代において、私たちが目にする世界はレンズ越し、スクリーン越し、つまり反射されたもの。
それが真実なのか?
という問いかけが、この“ズームと反射”の連続の中に潜んでいるのです。


まとめ

『3秒』は、読者に強烈な集中力と観察力を要求する作品です。
セリフもなく、ナレーションもなく、ただただズーム。

それにも関わらず、読み終えた後には、
まるで推理小説を一冊読み終えたかのような満足感と、
「もう一度最初から読み直したい」という衝動が残ります。

著:マルク=アントワーヌ・マチュー
ジャンル:グラフィック・ノベル/ミステリー/哲学的視覚実験
翻訳:日本語版あり

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