僕たちの青春はちょっとだけ特別 ― 特別支援学校を舞台にした学園青春ミステリーの傑作

今回ご紹介するのは、僕たちの青春はちょっとだけ特別(著:雨井湖音/出版社:東京創元社)です。
この作品は「学園青春ミステリー」と呼ぶにふさわしい一冊なのですが、実は他の学園ミステリーとは大きく異なる特徴を持っています。
その舞台が、特別支援学校なのです。
紹介した動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=VmSYd5_bHMo


舞台は「明星高等支援学校」

作品の中では、次のように学校が紹介されています。

「明星高等支援学校は、県内にある唯一の私立特別支援学校だ。高等部だけの3年制で、軽度の知的障害を持つ生徒たちが、就労と自立を目指して学んでいる。」

つまりこの物語は、特別支援学校を舞台にした青春群像ミステリーです。
閉ざされた館や学園を舞台にしたミステリーはこれまでにも数多くありましたが、支援学校を舞台にした例は極めて珍しいと言えます。

しかも作者は、現役の特別支援学校の職員です。
現場を知る立場だからこそ描ける、生徒たちのリアルな日常や心理描写がこの作品には込められています。


主人公・青崎架月という少年

主人公は、この春から明星高等支援学校に入学した高校1年生、青崎架月(あおさきかづき)くんです。
中学までは普通学級に通っていましたが、卒業後に療育手帳を取得し、この学校に進学しました。

彼の特徴は、「人の気持ちを理解することが苦手」という点です。
作中では、彼の特性を示す印象的なエピソードが描かれています。
入学面接で先生から「家ではどんなお手伝いをしていますか?」と質問され、
「お風呂掃除とか玄関掃除です」と答えた架月くん。
すると先生が「お風呂掃除の手順を教えてください」と尋ねた際、
彼はこう答えます。

「え? お風呂掃除の手順、知らないんですか?」

この場面からもわかるように、架月くんは質問の意図をくみ取ることが難しいタイプの子です。
言葉の裏にある意味やニュアンスを受け取ることが苦手で、文字どおりに受け止めてしまうのです。

入学初日には、クラスの女の子にあいさつをしても反応がなく、「耳が聞こえない障害なんですか?」と言ってしまい、相手の子が激怒して筆箱を投げつけてしまう――という場面もあります。
彼の無邪気な言葉が、時に人を傷つけてしまう。
その現実が非常にリアルに描かれています。


三つの事件で描かれる“成長と理解”

本作は三つの連作短編で構成されています。
それぞれの物語が一話完結でありながら、全体を通して和希くんの成長を丁寧に描いています。

第1話「四色紙吹雪事件」

掃除中の先輩・りくの周囲に、何者かが四色の紙吹雪をばらまくという小さな事件が起こります。
架月くんは「嫌がらせではないか」と考え、先生に相談します。
すると先生は「じゃあ、君がこの事件を調査してみなさい」と促すのです。
こうして彼の“初めての推理”が始まります。

第2話「ロッカー移動事件」

教室のロッカーが何者かに荒らされ、しかも一つ隣へと“ずらされている”という奇妙な事件が発生します。
一体なぜそんなことをしたのか。
架月くんは、周囲の生徒たちの行動や性格を観察しながら、その理由を解き明かしていきます。

第3話「失踪」

架月くんの友人が突然、登校途中で行方不明になります。
先生たちは必死で探しますが、架月くんたちも学園内で得られるわずかな情報をもとに、独自に推理を進めていきます。
外へ出ることもできない中で、彼らは「考える」ことを通して人の気持ちに近づこうとするのです。


■ “推理すること”は“人の気持ちを考えること”

この作品の最も優れている点は、「推理すること」と「人の気持ちを理解すること」が同義になっている点だと思います。

架月くんは人の気持ちを理解するのが苦手です。
しかし、事件を推理する過程で「誰が、どんな気持ちでそうしたのか」を考えざるを得ません。
つまり、探偵としての行動が、そのまま彼の成長物語になっているのです。

これは、単なる謎解きではありません。
人との関わりや他者理解をテーマにした、極めて人間的なミステリーなのです。


作者自身も“想像する探偵”

もう一つ注目すべきは、作者自身もまた「探偵」的な立場にあるということです。
作者はおそらく健常の立場から、特別支援学校の生徒たちの姿を描いています。
つまり、自分の中にはない経験や感覚を、想像し、寄り添いながら物語を紡いでいるのです。

架月くんが「人の気持ちを想像しようとする」ように、
作者もまた「登場人物の気持ちを想像して書く」。
この構造の二重性こそが、本作をより深く、普遍的な物語へと押し上げています。


読後に残るのは“爽やかな共感”

登場する生徒たちはそれぞれに障害を抱えていますが、
誰もが明るく個性豊かで、衝突しながらも友情を育んでいきます。
暗さではなく、むしろ爽やかな読後感と青春のまぶしさが残るのが、この作品の魅力です。

特別支援学校という舞台を扱いながら、決して重くなりすぎず、
前向きなメッセージと優しさに満ちた物語に仕上がっています。


受賞歴と刊行情報

『僕たちの青春はちょっとだけ特別』は、
第1回「創元 学園ミステリ大賞」大賞受賞作として選出され、
2024年12月13日に東京創元社から刊行されました。

刊行直後から読者・評論家の間で高い評価を受けており、
今後の賞レースでも注目されるであろう話題作です。


まとめ

この作品は、ミステリーとしても青春小説としても非常に完成度が高いです。
特別支援学校という特殊な環境をリアルに描きながら、
「人を理解すること」「他者の気持ちを想像すること」という普遍的なテーマを見事に融合させています。

架月くんが少しずつ世界の見方を変えていく姿に、読者もまた“他者の心を想像する”という体験をすることになるでしょう。
学園ミステリーの新しい地平を切り開いた傑作として、強くおすすめしたい一冊です。

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