63ページで震える。短編ホラー『口に関するアンケート』は仕掛けのかたまりだった

話題作『近畿地方のある場所について』で読者を震え上がらせた背筋さん。
その後新作2本のうち、今作である短編『口に関するアンケート』は、“読後にもう一度読み返したくなる”仕掛け満載の逸品でした。

たった63ページ。
でもその短さに騙されてはいけません。むしろ、このページ数だからこそ成立するトリックと構造がある


どんな話なのか?

物語は、若者5人が山奥の墓地へ肝試しに行くところから始まります。その墓地には「呪いの木」と呼ばれる、不吉な存在があるという。
肝試しのルールは単純──墓地の入り口から入り、その呪いの木のそばを通って、反対側の出口まで抜けるというもの。
どこにでもある“ちょっと怖い肝試し”。
しかし、1ヶ月後、参加者のひとりがその呪いの木の下で遺体で発見されるという事態が起こる。
一体、あの夜、何があったのか――。


特殊な語りの体裁に注目:「201908262310.m4a」

本作は、冒頭から非常に変わった形式で語られます。
最初に表示されるのは、《201908262310.m4a》という文字列。これは音声ファイルの拡張子ですね。

つまりこの作品は、「2019年8月26日23時10分から録音された音声ファイルを文字起こししたもの」という体裁で書かれているんです。
しかも、ただの語りではありません。肝試しの参加者5人が、それぞれ“自分の記憶”を語っていく形式になっています。


読者をじわじわ誘導する“引っかかり”

最初のうちは、「ああ、怖い話か」と普通に読めます。
でも読み進めていくうちに、ふとした違和感が浮かぶのです。

  • あれ、この人の言ってること、他の人と食い違ってない?
  • なんか記憶の順序が合ってないような…
  • いや、そもそもこれ……誰が語ってる?

読みながら感じる、この「何か引っかかる感じ」が、実は本作の最大の魅力です。
一読目で「おや?」と思い、最後には「なるほど!」と腑に落ちる──そんな構成になっています。


最後の2ページにすべてがつながる

結末についてはもちろん書けませんが、最後の2ページに注目してほしい。
それまでの違和感の数々が、一気に“ある一つの事実”に収束していきます。

読者の視点を「その手があったか」と裏切る構造、
しかもその全体像をたった60ページ強でやりきる手腕は、まさに背筋さんの真骨頂といえるでしょう。


『穢れた聖地巡礼』との対比で分かる、2方向の進化

2作を読み比べると、背筋さんが明確に2つの方向性を試しているのが分かります。

作品名方向性特徴
穢れた聖地巡礼についてキャラクター・構成重視編集者たちの会話、構成トリック、断片怪談の集積
口に関するアンケート仕掛け重視・短編構成限られたページ数に圧縮された情報と違和感の積み重ね

「キャラが立っていて、読みやすく面白い」のが『穢れた聖地巡礼』。
「仕掛けが多重に張り巡らされていて、二度読み必至」のが『口に関するアンケート』。

どちらを読むかはお好みで。ただ、**『近畿地方〜』の“怖さの質”に近いのは、間違いなく『口に関するアンケート』**の方です。


まとめ:ページ数の油断が命取り

  • 『口に関するアンケート』は63ページの短編ながら、圧倒的な情報密度と構成力
  • 語りの視点、時間軸、記憶のズレ――違和感の積み重ねで恐怖を演出
  • 読後にもう一度最初から読み返したくなる“仕掛け系ホラー”の傑作

「短いし怖くなさそう」なんて、絶対に思わないでください。
その一言が、あなたの読後に一番後悔するセリフになるかもしれません。

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