今回紹介するのは、フランス文学界の異端児レーモン・クノーの名作『文体練習』にインスパイアされた1冊、その名も 『コミック文体練習』。
タイトルからして「分かる人には分かる」オマージュに満ちた、実験精神バリバリのマンガ作品です。
原作『文体練習』のおさらい
まず簡単に前提を。レイモン・クノーの『文体練習』は、たった一つの出来事(バスの中で起こるちょっとした騒動)を99通りの文体で語るという、フランス発の“変な本”の金字塔。
この『コミック文体練習』は、その手法をまるごとコミックでやってしまったというとんでもない試みです。
基本ストーリー:たったこれだけ!
すべてのバリエーションの核となる「雛形」は、以下のような短い出来事。
- 男が部屋で何か作業をしている
- 上の階から「今、何時?」と声がかかる
- 「1時15分だよ」と男が答える
- 冷蔵庫を開けて「俺は一体何を探していたんだっけ?」とつぶやく
──以上。
この出来事を、99通りのスタイルで描く。それがこの『コミック文体練習』です。
変幻自在!99のバリエーション
バリエーションは、文体というより絵柄・演出・視点・ジャンルでの変奏。
- 主観視点:男の視点で展開。見たもの、感じたことだけで描写。
- 彼女視点:声をかけた側の女性視点。見え方ががらりと変わる。
- 遡行(リバース):出来事を逆再生のように描写。クリストファー・ノーラン映画のような構成。
- フォトコミック:実写写真をコマにしたバージョン。昭和の特撮誌っぽさが逆に新鮮。
- アメコミ風:ポップで色彩鮮やかなアメリカン・コミックス調。
- 日本の漫画風:外国人が想像する“ザ・ニッポンマンガ”。デフォルメされた目、妙なパンチラ、背景に謎の集中線…「そう見えてるのか!」という笑いと哀愁。
- 地図:登場人物がアイコンで示された“動線付きマップ”。これはもはや漫画なのか?
──と、読み進めるうちに「もはや絵なのか、言葉なのか」曖昧になってくるのがこの作品の快感です。
ただのネタ本じゃない。
最後の2パターンに待ち受ける“味わい”とは?
本作がただのコミックパロディに終わらないのは、**ラスト2つの変奏(98~99番)**の存在。
そこには、前の97個が積み重ねてきた“パターンの疲れ”を逆手に取るような、静かな感動があります。
パラパラと飛ばし読みしても楽しい。
でも一気に読むと、たった一つのやりとりが、まるで違う何かのように感じられる。
それはきっと、「表現の多様性」ではなく、「ひとつの出来事がどれだけ意味を変えるのか」という問いに向き合ったからこそ、味わえる体験かもしれません。
まとめ:知っていても、知らなくても、表現の遊びは楽しい!
『コミック文体練習』は、レイモン・クノーが提示した“文体の地層”に、視覚というレイヤーを加えた現代版の「表現実験」。
読めば読むほど、1つの出来事が無限のバリエーションを持つこと、そしてそのすべてが「物語」になり得るという可能性に気づかされます。
「漫画で文体を練習する」という、ありそうでなかった挑戦。
そして「言葉と絵の関係を問い直す」刺激的な1冊です。
変な本愛好家にはもちろん、表現に携わるすべての人に届けたい“視覚的文体遊戯”。