身元不明の死者の記録と、その場所の写真消えていった人たちの物語が浮かびあがる『アノニマスケイプ こんにちは二十世紀』

『アノニマス・スケープ―こんにちは20世紀』という一冊についてお話しします。
かなり独特で、かなり重い、そしてすごい本です。
紹介した動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=p6Z3Yrri1Lg


これはどんな本か

タイトルは『アノニマス・スケープ―こんにちは20世紀』。
著者は細川文昌(ほそかわ・ふみまさ)という写真家です。1963年、新潟県新潟市生まれの写真家で、個展やグループ展などで活動してきた人物です。

本の中身は、ざっくり言うと「写真+文章」の繰り返しです。
ページを開くと、片側のページには場所の写真。もう片側のページには、活字のかたまり。これはただの説明文ではありません。「官報」に掲載された公告のコピーです。

ここで出てくるキーワードが「行旅死亡人(こうりょしぼうにん)」です。
この本は、この「行旅死亡人」の公告と、その人が最期にいた場所の現在の写真を並べる、という構成でできています。


「行旅死亡人」とは何か

まず、この本を理解するには「行旅死亡人」という制度的な言葉を知る必要があります。

行旅死亡人とは、かんたんに言うと「身元不明のまま亡くなった人」です。
倒れて亡くなった、あるいは亡くなったあと引き取り手がいない。誰なのかわからない。家族など、遺体を引き取る人がいない。
そういう「無縁の死」を、行政が扱う必要があるわけです。

日本では1899年に「行旅病人及行旅死亡人取扱法」という法律が制定されています。この法律にもとづいて、国は『官報』という公的なお知らせ媒体に「この場所でこういう特徴の方が亡くなっていました。お心当たりのある方は申し出てください」という告知を掲載します。

つまり、官報にはこういう情報が載るんです。

  • 亡くなった日付・場所
  • おおよその年齢、性別、体格
  • 身体的特徴(傷あと、やけどの痕、歯の状態など)
  • 所持品(服装、持っていたもの、入れ歯、所持金額など)
  • そして、遺体を一時的に保管した機関(病院等)の情報や、問い合わせ先

それは「お知らせ」でもあり、記録でもあり、ある意味では、身元を探すための最後の呼びかけでもあります。

官報への掲載は今も続いていて、いまでも「行旅死亡人」の告知は掲載されています。


本のやっていること

細川文昌は、その「行旅死亡人」の公告を、1年につき1件ずつ選び取ります。
1901年から2000年まで。20世紀100年分、各年から1件ずつ。合計100件。

そして、その公告に記された「亡くなった現場」あるいは「発見場所」などに実際に足を運び、いま現在のその場所を撮影する。
その「いま撮った風景写真」と「当時の官報の告知」を、見開きの左右に並べる。
これが『アノニマス・スケープ―こんにちは20世紀』という本の基本フォーマットです。

この本は、言ってしまえば「20世紀の無名の死者100人の記録」であり、同時に「20世紀という時間そのものの地図」でもあります。
1年に1人、100年間ぶん。これはかなりはっきりしたコンセプトになっていて、帯にも「100年」という数字が押し出されている、という話が紹介されていました。

本を実際にぱらぱら見ると、まずは一見ただの風景写真に見えます。海だったり、道だったり、住宅街の角だったり。観光用でもポスター用でもない、どこにでもありそうな場所の写真。
でも、その横に「昭和○年○月○日、年齢およそ30歳くらいの男性、背中一面にこういう入れ墨あり、遺留金○○円…」といった記述が並ぶことで、突然その写真が「現場」になるんです。風景が急に重たくなる。読者はそこに、誰かの最後の瞬間を想像してしまうようになります。

この変換作業(ただの風景→最後の場所)は、この本の核心的な体験です。


記述の生々しさ

官報の公告は事務的な文章ですが、内容はかなり生々しいです。
たとえばこんな記述が出てくることがあります(ここでは紹介された要素をもとにまとめます):

  • 「左右両足の上部に大きな火傷痕あり」
  • 「入れ墨あり。『静』という文字」
  • 「背中一面、花とも雲ともつかぬ入れ墨。『欲しけりゃいつでもやるよ、俺の命』と彫り師あり」
  • 「直径約4センチの字で『男一匹』と入れ墨あり」
  • 「金の額縁の入れ歯あり」
  • 「所持金59円」
  • 「自称『丸山○○』。ただし複数の名前を使っており、身元は特定できず。兄とされる人物も家出中、弟とされる人物も家出中で、同一人物かどうか断定できない。別人の可能性もある」

こうした記述は、公告の目的(身元照会)ゆえに具体的・身体的で、ほとんど“短編小説の人物紹介”のような濃さがあります。実際、販売情報でも「官報の文章は“作者のいない文学”であり、短編小説や詩の集成のようでもある」といった紹介がなされています。

読む側は、知らない誰かの最後の姿にいきなり出会うことになるわけですが、それはセンセーショナルに加工されたものではなく、あくまで行政文書の引用と記録写真だけ。だからこそ、逆に強いです。


「20世紀」としての視点

本の副題に「こんにちは20世紀」とある通り、この本は、単に無縁仏の記録というだけではありません。
1901年から2000年まで、1年1件ずつの“行旅死亡人”を通して、20世紀という100年間を水平にスキャンするような試みになっています。

たとえば、初期の年(明治・大正・昭和のはじめ頃)には、記述そのものが古い日本語だったり、身体的特徴の描き方が今とは違っていたりします。
昭和戦後の年になると、戦災の影響や、日雇い労働、流動する人の暮らしがにじみます。
さらに時代が下ってくると、入れ墨の表現や語彙、所持品の内容などから「時代の価値観」「職業観」「生活の条件」が透けて見えることもあります。

そして、もう一つ重要なのは「場所の変化」です。
公告が書かれた当時は、そこは工場地帯のはずだったとか、埠頭だったとか、河川沿いの荒地だったかもしれない。
でも写真としていまの姿を見ると、そこには住宅街ができていたり、整備された道路が走っていたり、逆に老朽化した商店街が残っていたりする。
「この場所で、ある年のある日、誰かがひとりで亡くなった」という事実と、「いま現在の風景」の距離が、そのまま20世紀の社会変化を浮かび上がらせます。

つまり、1冊ぜんぶ読むと「知らない人の死」だけでなく、「日本の都市や路地や海辺が100年かけてどう変わったか」まで見えてくる本でもあるんです。


その後の版について

当初の構成は、1901年から2000年まで、1年につき1件=100件という形でした。
その後、増補版・新版では期間が拡張され、1899年から2020年まで、さらに21年分を追加した形で刊行されている版が流通しています。
「1899年〜2020年/1年につき1件ずつ収録」「文庫本サイズ・約262ページ・ソフトカバー」「2020年8月8日発行」「ISBN:978-4-9902407-5-2」「出版社:平成写真文庫」などの情報が確認されています

この“120年ぶん”という拡張は、20世紀どころか世紀をまたいでいきます。
つまり本は、ただの写真集ではなく、継続してアップデートされる「匿名の死者たちの地図」になっていきつつあるとも言えます。


読むということ

正直、この本は「さらっと眺めて終わり」というタイプではありません。
ぱっと見ると、ただの風景写真集のようにも見える。
しかし横に置かれた官報の告知文を読むと、そこで亡くなった“誰か”の痕跡がぐっと立ち上がってくる。

そこにあるのは、センチメンタルな追悼文ではなく、行政用の、事務的な日本語です。
だからこそ、読み手の側に「この人はどんな人生を送ってきたんだろう」という想像を強制してくるようなところがあります。
人によってはかなり重い読後感になると思います。

また、公告の文面そのものが、時には短い詩のように感じられることがあります。
「『欲しけりゃいつでもやるよ 俺の命』という入れ墨」
「直径約4センチの字で『男一匹』」
そうした断片は、結果的に“作者のいない文学”として読める、とも評されています。


まとめ

『アノニマス・スケープ―こんにちは20世紀』は、20世紀(そして後続版ではさらに現代まで)を通じて、日本で「名のないまま亡くなった人々」の痕跡を100件以上並べていく記録集です。
官報に掲載された「行旅死亡人」の公告と、いま現在のその場所を撮った写真。その2つを左右に並べ、1年につき1件、淡々と積み上げることで、

  • 無名の死
  • 行き倒れという現実
  • 社会の周縁
  • 都市や風景が変わっていく時間
    これらすべてを同時に見せてきます。

ただの「本」というより、読む側にものすごく静かで重い問いを投げてくる一冊です。
ページをめくるたびに、「この人は、どんなふうに生きて、どんなふうにここへ来たんだろう」と考えさせられます。

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