この『LOST』というタイトルの絵本サイズの一冊には、ただの奇書では終わらせたくない情と熱がある。
本書は、電信柱や掲示板に貼られている「迷子ペット」の貼り紙ばかりを200枚以上、ひたすら集めて構成された作品だ。主に英語圏(アメリカ、イギリスなど)から収集されたもので、犬、猫はもちろん、鳥やウサギ、ハムスターまで実に多種多様。貼り紙には、飼い主の筆跡や言葉の癖がそのまま残され、フォントやレイアウトにすら個性がにじむ。
1枚の貼り紙に宿る物語
「LOST CAT」「MISSING DOG」「PLEASE HELP」といった、よくある呼びかけの中に、悲しみや希望、焦りや祈りがにじみ出ている。どのページを開いても、そこには“物語”がある。
たとえば、ある貼り紙には「キティ・ラングが行方不明になった」とあり、後日追伸が追加されていた——1年後、毛並みつやつや、ぽっちゃり太ったキティ・ラングが帰ってきて、もう1匹連れていたというのだ。結局、キティは田舎の親戚の農場へ、連れの猫は別の人に引き取られたという。たった数行なのに、映画のような余韻とドラマがある。
「見つかりました」の美しさ
中には「FOUND」の赤い文字が踊る貼り紙もある。そう、見つかったのだ。いなくなったペットが帰ってきた。多くの貼り紙が「LOST」である中、その“帰還”の瞬間が記録されているものは、本書のなかでも特に心を打つ。
ページをめくるごとに、探し人(動物)と探す人(飼い主)の関係性、距離、祈り、日常の喪失感までもが伝わってくる。「いなくなった」以上に、「いなくなったことを書く」という行為自体が、どれほど深い感情の発露かを思い知らされる。
編集という祈り
この本の制作者は一体、何に突き動かされたのか。編集作業を想像してみてほしい。どこかの電柱、街角、掲示板で撮影された貼り紙。それを国を越えて、文化を越えて、集めて並べて一冊にした。
掲載する貼り紙を選ぶという作業には、編集者なりの倫理や感性が問われたに違いない。あまりに悲惨な話は入れなかったのか? ペットの写真がない貼り紙をどう扱ったのか? 「選ばれなかった貼り紙」があったとすれば、それもまたひとつの“失われたもの”ではなかったか?
忘れられた都市の記憶として
『LOST』に並ぶ貼り紙たちは、一瞬で剥がされ、風雨にさらされ、いずれ消えていく運命だったものたちだ。それを収集し、印刷し、書籍化したという行為自体が、都市の記憶を残す文化的アーカイブとしても貴重だ。
迷子のペットの貼り紙は、通行人にとっては数秒の情報にすぎないかもしれない。しかし、その裏には、生き物と共に暮らすという営みの断絶と再生の物語がある。
見た目は淡々としているが、読むうちに、言葉にならない「喪失」の感情と、それを越えた先にある再会の希望がじわじわと染みてくる。