DCコミックスの異色作『スーパーマン レッド・サン(Superman: Red Son)』です。
本作は、スーパーマンがアメリカではなくソビエト連邦(ソ連)に降り立っていたら?という「仮想歴史(Alternate History)」を題材にしたグラフィックノベルです。

ソ連の英雄となったスーパーマン
通常、スーパーマンはカンザス州スモールビルで育ち、アメリカン・ドリームの体現者として描かれます。
しかし『レッド・サン』では、彼の宇宙船が偶然にもウクライナの集団農場(コルホーズ)に着陸し、ソビエト市民として成長します。
彼は共産主義の理念を信奉し、スターリンの後継者として、冷戦下におけるソ連の国力拡大を担っていきます。
胸に刻まれたマークは、アメリカ版の「S」ではなく、ハンマーと鎌を模したソビエトの国章をアレンジしたものです。
設定の逆転──レックス・ルーサーはアメリカの救世主に
本作では、通常スーパーマンシリーズにおいて悪役とされるレックス・ルーサーが、アメリカの英雄として描かれます。
彼は人類の自由と民主主義を守るため、超人的存在となったソ連のスーパーマンに対抗する立場に置かれています。
作中では、ルーサーの天才的な頭脳とカリスマ性によって、アメリカが科学技術力で巻き返しを図る様子が描かれ、彼の存在がスーパーマンにとって最大の脅威となります。
バットマン、ワンダーウーマン──DCキャラクターたちの新たな姿
『レッド・サン』では、スーパーマンだけでなく、他のDCキャラクターも設定が大きく改変されています。
- バットマン
幼少期に両親をソ連政府の秘密警察(NKVD)によって殺害されたことで、反体制活動家として成長。
国家権力への復讐を誓い、ソビエト体制に反抗する地下活動家として登場します。 - ワンダーウーマン
アマゾン族の大使としてスーパーマンと友好関係を結びますが、物語が進むにつれ、理想と現実の乖離に直面します。
このように、なじみ深いキャラクターたちも新たな役割を与えられ、物語に厚みを加えています。
歴史的要素──冷戦時代とのリンク
『レッド・サン』はフィクションでありながら、冷戦下の米ソ対立を背景に据え、史実と巧みにリンクしています。
作中には、スターリン、ジョン・F・ケネディ、リチャード・ニクソンなど、実在の政治家も登場。
また、ベルリンの壁や核開発競争、宇宙開発競争といった歴史的イベントも物語に取り込まれています。
そのため、単なるエンターテインメント作品ではなく、政治と権力、自由と管理といったテーマに深く切り込んだ作品となっています。
原作者マーク・ミラーについて
本作の原作は、スコットランド出身のコミックライター**マーク・ミラー(Mark Millar)**によって書かれました。
マーク・ミラーは『レッド・サン』以外にも、
- 『ローガン(Old Man Logan)』
- 『キングスマン(Kingsman)』
- 『シビル・ウォー(Civil War)』
など、多くの人気作を手掛けています。
彼の作風は、大胆な設定と精密な伏線構成に定評があり、『レッド・サン』でもその手腕が遺憾なく発揮されています。
物語の終盤に至るまで張り巡らされた伏線がすべて回収される構成は、読者に強い満足感をもたらします。
例えるならば、「たい焼きの尻尾の先まであんこが詰まっている」ような完成度の高さです。
アメコミ初心者にもおすすめ
『レッド・サン』はアメコミ初心者にも配慮された設計になっています。
最近のアメコミ作品では、小ネタや元ネタの解説が巻末にまとめられており、本作も例外ではありません。
キャラクターや背景に詳しくなくても、ストーリーそのものを十分に楽しめる作りになっています。
また、設定の逆転を楽しむだけでなく、アメリカとソ連、自由と統制、個人と国家という普遍的なテーマについて考えさせられる一冊です。
総評
『スーパーマン レッド・サン』は、アメリカ文化の象徴であるスーパーマンを逆手に取ることで、世界観を鮮やかに転倒させた意欲作です。
政治、歴史、哲学的な問いを織り交ぜつつも、エンターテインメント性を損なわず、最後まで緊張感を維持しています。
独自の切り口と完成度の高いストーリー構成から、アメコミファンだけでなく、歴史・社会テーマに興味がある読者にも推薦できる作品です。
書店の映画コーナーに並んでいても違和感のないクオリティと言えるでしょう。