今回の1冊は、まるでフィクションのように感じられるほどドラマチックな“ノンフィクション写真集”――『張り込み日記』です。
タイトルは『張り込み日記』、でも実態は「聞き込み日記」?
本書はそのタイトル通り、刑事が事件を追う姿を記録した「張り込み」の記録…と思いきや、
実際には「張り込み」だけでなく、刑事二人の聞き込みや捜査活動のすべてにカメラが密着した20日間の記録。
時は1958年(昭和33年)。
終戦から十数年、日本がまだ戦後の混沌を色濃く残していた時代。
写真家・渡辺祐吉が、実際に捜査の現場に入り、殺人事件を追う刑事たちを完全密着撮影しました。
和製『セブン』主人公は“昭和のモーガン・フリーマンとブラッド・ピット”
この本の魅力は、写真の臨場感に加えて、登場する二人の刑事のキャラ立ちにもあります。
- 向田刑事(警視庁・42歳)
→経験豊富なベテラン。渋すぎて「モーガン・フリーマン」と呼びたくなる貫禄。 - 緑川刑事(水戸県警)
→若手ながら真摯に捜査に取り組む。こちらはまさに「ブラッド・ピット」枠。
この二人が組んで、東京と水戸を舞台にバラバラ殺人事件を捜査していく過程が、重厚なモノクロ写真で切り取られていきます。
実際の事件と“なりすまし殺人犯”の衝撃の結末
本書で追跡されているのは、東京で身元不明の男が殺人を犯し、被害者になりすまして水戸に現れたという事件。
その手口は非常に巧妙で、前科のある犯人は過去に神戸で別人を殺し、身分を奪って生き延びていたという驚愕の人物。
ところが、別件の窃盗で足がつき、
さらなる“なりすまし”を目論んでいた矢先、水戸で発見されたバラバラ死体によって計画が露呈。
刑事たちの地道な捜査が実を結び、犯人は逮捕、そして死刑判決に。
事件自体も非常に重く複雑ですが、淡々とした写真の連続が、逆にその“重さ”をより鮮明に浮かび上がらせます。
なぜ今になって出版?──発掘からフランス出版、日本再評価へ
この写真集が日の目を見るまでにも、ドラマがありました。
- 1958年:当時の雑誌企画で撮影され、一部が掲載される
- 2000年代:イギリスの古書バイヤーが神保町の古本屋で未製本のプリントを発見
- そのままフランスで写真集として出版 → 評価が高く、賞を受賞
- 日本でもネガが再発見され、2021年に正式出版
つまり、「事件→写真撮影→お蔵入り→古本屋→海外出版→逆輸入出版」という、本そのものが一つの物語になっているのです。
“昭和の空気感”と“フィルムに刻まれた真実”
『張り込み日記』は、単なる刑事ものの写真集ではありません。
カメラの前にあるのは、フィクションではなく実際の刑事たちの日常と闘い、そして昭和という時代そのもの。
- 捜査本部の雑然とした様子
- 街角での聞き込み
- 向田刑事の家族写真(!)
そこには、人間としての刑事たちの素顔もにじんでおり、
写真の一枚一枚が「日本の記録」であると同時に、「名もなき日常のドラマ」でもあります。
日本版は3バージョンあり!
現在『張り込み日記』は以下の3種の版が存在します。
- フランス版(初出)
- 老紳ブックス版(日本復刻。ネガから再編集、定価5000円/限定1000部)
- 76社(76出版)による廉価版(構成:乙一、2000円台で入手可能)
とくに乙一さん構成の廉価版は入手しやすく、ビジュアルも豊富。
「ちょっと見てみたい」という方にはこちらがおすすめです。
『張り込み日記』
写真:渡辺祐吉
出版:老紳ブックス、76出版ほか
価格:廉価版 約2200円〜/老紳版(絶版)5000円台(中古)