哲学的?思想的?あるがまま?本屋大賞受賞まえに出された幻の1冊『だれも死なない』トーン・テレヘン

「これはトーン・テレヘンというオランダの作家の児童文学、短編集です。」

『機嫌のいいリス』の旧版が今作です
この短編集、ちょっと普通じゃない。
本作を紹介した動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=FP9VY599cGU


1話2ページ。けれど、そこに広がる“静かな哲学”

物語はどれも短い。1〜2ページ、多くても3〜4ページ。
登場するのはリス、アリ、ゾウ、サギ、モグラ、カエル…。
どこかで見たような動物たちが、淡々と、けれど妙に深い会話を交わしていきます。

たとえば第1話「ひっくり返れないサギ」。
サギが言います。「ひっくり返りたい」。でもできない。
リスもアリも「できるよ」と励ますけれど、やっぱりできない。
ゾウがぶつかっても、ひっくり返れない。

普通の物語ならここで何か起こるでしょう。
「できた!」「できなくてもいいんだよ」みたいな。
けれど、この話はそうならない。

モグラがボソッと言うんです。

「何をやっても何もかもがひっくり返っちゃって、めちゃくちゃになる日もあるんだけどね。」

アリが返す。「うん、そんな日もあるね」。
そしてみんな家に帰っていく。
残されたサギは、ただ立ったまま思うのです。

「僕はいつもいつも立ってるなあ。」

…それで、終わり。


終わりが“終わり”じゃない

この「始まりも終わりもない話」というのが、トーン・テレヘンの真骨頂。
翻訳者のあとがきでもそう評されています。

物語は“教訓”を語らない。
ただ、「問い」を置いていく。

たとえばもうひとつ、「リス、いつか僕たちも終わると思うよ」という話。
アリが言います。

「ほら、パーティーが終わるみたいに」
「旅が終わるように」

リスは驚き、紅茶をもう一杯注ぐ。
アリは自信なげにすすって、終わり。

まるで、4コマ漫画の2コマ目と3コマ目だけを見ているような、不思議な感覚。
けれどそこに、どうしようもなく“人生のにおい”がある。


トーン・テレヘンという人

トーン・テレヘン(Toon Tellegen)は1941年、オランダ生まれ。
詩人であり、医師でもあります。かつてはアフリカ・マサイ族の村で医療活動をしていたことも。

娘に「お話して」とせがまれたことが、物語を書き始めるきっかけでした。
寝かしつけの時間に少しずつ語ったお話が、やがて短編としてまとまり、
詩集の担当編集者の目にとまり、書籍化される――そんな経緯で作家の道を歩みはじめたのです。

現在ではオランダを代表する児童文学作家のひとり。
その繊細で穏やかな語り口は、まさに彼自身の人柄そのもののようです。


『ハリネズミの願い』、そして『だれも死なない』

日本では、2017年に刊行された『ハリネズミの願い』(新潮社)がきっかけで
トーン・テレヘンの名前が広く知られるようになりました。
この作品は本屋大賞〈翻訳小説部門〉を受賞。

ハリネズミが友だちを家に招こうとするけれど、
「もし退屈だったらどうしよう」「ちゃんともてなせるかな」と思い悩み、
結局、招くことをやめてしまう――そんな小さな心の揺れを描いた物語です。

そして同じシリーズとして刊行されたのが『だれも死なない』(新潮社)。
こちらもまた、静かでやさしい短編集です。
「誰も死なない」――つまり、悲劇も教訓もない。
けれど、読者の胸の奥に「なぜだか少し泣きたくなる」ような余韻が残ります。


物語のリズムに、心をゆだねる

テレヘンの物語は、オチを求めて読む本ではありません。
ひとつひとつの言葉が、まるで「呼吸」のようにゆっくり流れます。

「リスは紅茶をもう一杯注いだ。アリは自信なげに紅茶をすすった。」

この一文で、どれだけの沈黙とやさしさが描けるでしょうか。
彼の作品は、読む人に“考える時間”を与えてくれます。


まとめ:小さな物語の中にある「世界のかたち」

トーン・テレヘンの短編集――特に『だれも死なない』は、
派手な展開もなく、誰も救われず、誰も死なない。
けれどそこには、確かに「生きる」ということが描かれています。

ページをめくるたびに、
「ひっくり返れない日もあるさ」と笑えるようになる。
そんなやさしさをくれる一冊です。

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