実験文学の真髄!レイモン・クノー『文体練習』

レイモン・クノーの代表作『文体練習』。タイトルだけを見ると、まるで退屈な作文の教科書のように思えるかもしれません。しかし実態は、フランス発の超実験文学。これを「変な本」にカテゴライズせずにいられようか!?

文体を変える。それだけで、こんなにも変わる。

この本に収録されている物語は、たったひとつの「出来事」です。

ある日の昼、主人公はバスに乗る。
混雑したS系統のバスの中で、変な帽子をかぶった青年が乗客とトラブルを起こす。
2時間後、駅前で再び彼を見かけると、友人とボタンについて話していた。

──これが雛形(1ページ目)です。

それを、レイモン・クノーはどうしたか?

なんと、99通りの異なる文体で、同じ内容を語りなおしているのです!

たとえば、こんな文体たち

  • 「厳密に」
     「S系統を走る、長さ10m、幅2.1m、高さ3.5mの1台の路線バスが…」という無駄にディテール過多な表現。
  • 「隠喩」
     「白っぽい羽の巨大なカブトムシの中に缶詰にされた回遊イワシの群れの中で…」──バス=カブトムシ、乗客=イワシ。
  • 「尋問」
     「12時23分発S系統のバスは何時に到着したのかね?」「12時38分です」「そのバスはかなり混んでいたのだな?」「はい、ぎゅうぎゅうでした」
  • 「味覚のみで」
     「このバスには独特な味があった。あの時感じた味、甘くもなく、酸っぱくもないが、確かに“混雑”の味だった…」
  • 「図解」
     事件をなんと図表で表す大胆不敵な試み。バスの位置、人物の動線などが図式化され、まるで教科書のよう。
  • 「英語風」(84番目):
     ”R? RBクノー, ヒヒーンですね” と見せかけて、ローマ字読みでそのまま物語が始まるという奇抜さ。
  • 「イギリス人のために」
     表記は英語、でも意味は日本語で読むと成立するという、ネタと実験の絶妙な狭間。

そして極めつけは、100番目を妄想してみた会話の中で出てきた、

  • 「B.S.ジョンソン『老人ホーム』パターン」
     バス。帽子。混雑。再会。ボタン。──以上。ポツポツ単語で綴られる、無表情で情報だけの羅列。

実験文学の系譜と模倣者たち

この『文体練習』という形式は、後に多くの模倣者を生みました。
たとえば、あの『文豪にカップ焼きそばを食わせたら』的な企画本も、実はこの文体練習の系譜にあると言えるでしょう。

他にも、ウィキペディア風にこの本の内容を解説した『アンサイクロペディア』の記事も超凝っていて、短歌・俳句・古文・昔話…あらゆる形式で「クノーがこういうことやってたよ!」と説明してくれる。ファン心をくすぐる逸品です。

これは、文学というより“遊び”だ。

99の文体でひとつの出来事を再構築するという遊び。それはまるで「表現」という箱をどこまで開けられるのか、文学という言語実験の極地を見せつけられるような読書体験でした。

最初は笑える。
途中から「おいおい、本当に99通り書いたのか?」と感心し、
最後は「文体って何?」という根源的な問いにたどり着く。

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