本投稿は単行本版『近畿地方のある場所について』のネタバレを含みます。
背筋(せすじ)氏による話題作『近畿地方のある場所について』に、文庫版が登場しました。
帯や説明にも「単行本とは内容が異なる」と明記されており、実際に読んでみると、その違いは小手先の加筆修正ではありません。物語の根幹に関わる大幅な変更が施されているのです。
語り手が完全に逆転
最大の変更点は、物語の語り手です。
- 単行本版:ライター・背筋が、失踪した友人・小沢くんを探す
- 文庫版:小澤を名乗る人物が、失踪した女性ライター・瀬野千尋(せのちひろ)を探す
この入れ替えにより、物語の視点と関係性が根本から変化しました。
単行本を読んでいた人ほど、この逆転設定に驚かされるでしょう。
形式は同じでも、読後感は別物
怖い話の断片を集めて繋ぎ合わせるという基本構造は共通しています。
しかし、断片を束ねる“主軸”が変わると、全体の印象はまったく異なるものになります。
- 単行本版:断片的恐怖譚の集合体としての色が強い
- 文庫版:一冊の長編小説としての物語性が前面に出る
会話の描写方法も変わり、単行本では間接話法が多かったのに対し、文庫版ではすべて直接会話文に。これにより、人物同士のやりとりが生き生きと感じられます。
カットされたエピソードも
文庫版では、単行本にあった印象的なエピソードの一部が省略されています。
たとえば、単行本で話題になった「神社の由緒看板」のくだりは文庫版には登場しません。これは、個々の怪談よりも大きな物語の流れに焦点を当てた結果といえるでしょう。
映画版とのリンク
この設定変更は、近く公開予定の映画版との連動が強く意識されていると思われます。
映画でも「小沢が瀬野千尋を探す」という構成になっており、文庫版と同じ男女構成。
カクヨム版→単行本→文庫版→映画版と、各メディアに合わせた最適化が行われています。
単行本読者への“くすぐり”
文庫版には、単行本を読んだ人がニヤリとできる細部が散りばめられています。
例えば背の千尋が「赤いコート」を着ている描写。単行本読了者なら、この色の意味に気づくはずです。
ラストは“感動”すら帯びる
文庫版は、物語性を増した結果、単行本とは異なる結末へとたどり着きます。
そこには単なる恐怖ではなく、背筋氏がホラーを通して伝えたい何か──創作への姿勢そのものが感じられる、ある種の感動が待っています。